05 他愛もない会話を繰り返しながら歩を進めること何十分、彼らはようやく目的地に到着した。吹き抜ける潮風の匂いはリラにとっては新鮮で初めての体験で、予想していた以上の興奮が沸き上がる。 けれどそれはリラに限ったものではなかった。何度も訪れた経験があるユギ達にとっても、人が賑わう“街”という存在は恋しいものである。 それもそうだろう。普段は追いやられて、森の奥に建てられた廃館でひっそりと、誰にも知られることなく暮らしていかなければならないのだから。 何も今のメンバーに不服を感じているわけではない。しかしながら、たまには見知らぬ者共と会話を楽しみたくなる性格の者もいるだろう。草木以外の景色が見たくなる者もいるだろう。青臭さではなく、塩苦さを感じたくなる者もいるだろう。 「ユギ兄ちゃん、まちだよまち! なんていう名まえのまちなの?」 「シャンパーニュだ」 「しゃんぱーにゅ! へんな名まえ!」 好奇心を隠せないといった様子で、ギルは小さい体でユギの周りを精一杯に動き回る。とりとめもない会話をギルと続けながら、彼はちらりとルダの方を盗み見た。はたり、と目が合う。ルダの目は相も変わらず笑っていた。 「そんな怖い顔しないでヨ。とっととお金稼いで来いって言いたいんでしょ?」 「わかっているならさっさとやってこい」 軽い返事をして、ルダは自身の姿が隠れてしまいそうなほどに大きいリュックサックを背負い直した。今まで圧巻されて街の風景を見ていたリラは我に返る。観光に来たわけではないのに、ついその気になってしまったと反省した。 慣れた様子で街に入っていこうとするルダの服の裾を、リラは手を伸ばして掴む。引かれてルダは振り返った。子供に笑いかけるピエロのように微笑んで。 「なんだい? リラちゃん」 「これから何をしたらいいのかなって……思って」 言い終えるや否や、リラの襟元が物凄い力で引っ張られる。何が起こったのか理解できないまま、けれど首元が圧迫されるのを防ぐために少女は自然と後ろに退いていく。その様子を黙って眺めていたルダはさも楽しげで、瞬きを一つして手を振り、人混みに溶けていった。 後ろのしがらみを振り払うようにして振り返ったリラの目に映ったのは、自身を見下ろすユギの姿だった。その側にはギルがベッタリと張り付いている。 「行動の順序については私に聞いてくれ。時間にルーズなあいつに聞いたって、まともな答えが返ってこないのはお前もわかっているかと思うが」 悪意がないのはわかるが、彼の言葉一つ一つはどうにも取っつきにくいものがあった。有無を言わせない、と言うべきだろうか。 発言だけに限らず、態度や行動、ユギのすべてが是非すら問わせない雰囲気を放っていた。雰囲気というよりは気、なのかもしれない。気圧されていたのだ。完全に。 勿論彼には悪気がない。悪意もない。だからこそ悪質だった。無意識のうちに他者を縮み上がらせてしまうのは、人として欠けているとも取れる。 「先にあいつが適当にパフォーマンスをして、それなりの金を集めてくる。私達はそれで必要最低限の物を買い揃えているわけだ。……今回は、お前の薬代ということになるがな」 「そうなんだ……ルダには感謝しないと」 平淡に言ったユギに言葉を返し、リラはぼんやりと人混みの方へ視線を投げた。つい先程仲間が飲み込まれていった数多の人間の波。少し後には、自分もあの中に自ら飛び込んで行かなければならない。そう思うと緊張感に身が震えた。 と、不意にエプロンドレスの裾が引かれる。暇をもて余したギルがリラにちょっかいをかけようとしていたようだ。 「あのね、あのねリラおねえちゃん」 ドングリのように丸い瞳を一層輝かせて、少年は口を開く。 「ルダ兄ちゃんのぱふぉーまんす、すっごいんだよ!」 舌ったらずに言い終えた刹那、何処からか爆音があがった。ユギの口が僅かに弧を描く。同様に、ギルも期待を含んだ表情で音の鳴った方を見る。目線を泳がせつつも、リラも二人が見つめる方向を向いた。 爆音があがった辺りからは砂埃が舞っていて、何が行われているのか、またそこに誰がいるのかが伺えない。けれどそれも束の間、耳を通り抜けるアコーディオンの音色と共に奴は空中へと跳ね上がっていた。 鼻には赤くて丸い付け鼻を。頬には涙のペイントを。服装はいかにもきらびやかで、スパンコールが日差しを受けて輝く。先の尖った爪先は巨大なボールを下敷きにしており、上手い具合にバランス感覚を取っていた。 誰もが知る“ピエロ”に成りきった仲間が、ルダがそこには確かに存在した。彼は器用にアコーディオンを奏でながら、民衆に声を張り上げる。 「準備はいいかな? ハッジメッルヨー!」 歓声が巻き起こると同時に、ルダはアコーディオンを空高く放り投げ、己もボールを蹴って宙に跳んだ。即座に懐からトランプの束を取りだし、それをばっと民衆に向かって放つ。民衆はそれに目がいくが、彼は止まらない。 指を鳴らして現れたのはどこにでもあるようなステッキだ。彼はそれを手に持ち、落下していく勢いのままボールを突いた。破裂音と共に辺りに桃色の煙が沸き起こる。民衆は動揺する。 「アン、ドゥ、トロワ! ほら!」 次にルダが指を鳴らした頃には、トランプがばら蒔かれていた箇所に無数の飴玉が転がっていた。ルダのパフォーマンスを見ていた子供が歓喜して、それを拾いに走る。 |